今回はいつもと少し違う記事です。レシピでもDIYでもなく、私がハーブに興味を持つきっかけになり、暮らし方や物事の考え方まで、今も尊敬してやまない人――ベニシア・スタンリー・スミスさんについて書きたいと思います。どうしても書き残しておきたくなりました。
目次
ベニシア・スタンリー・スミスさんってどんな人?

ベニシア・スタンリー・スミスさん(1950〜2023年)は、イギリス出身のハーブ研究家であり、エッセイスト。京都・大原にある築100年を超える古民家で、自然に寄り添った手づくりの暮らしを実践し、その丁寧で美しい生き方は多くの人の心を動かしました。
彼女は1950年、イギリスの歴史ある名門貴族の家に生まれます。何不自由のない環境が用意されていましたが、物質的な豊かさよりも自分の意志で生きることを望んだベニシアさんは、10代の頃から貴族社会のしきたりに疑問を抱くようになっていきました。その後、インドへの長い旅を経て、1971年、20歳のときに日本へやってきます。日本という国に魅せられた彼女はそのまま定住を決意。英語講師として働きながら、3人の子どもを女手ひとつで育てるなど、苦労を重ねつつも自立した暮らしを築いていきました。
大きな転機となったのは、1996年の京都・大原への移住です。豊かな自然に囲まれた古民家を手に入れ、夫である山岳写真家の梶山正さんらとともに、荒れていた庭をイギリス風でありながら日本の風土にも馴染む、美しいハーブガーデンへと蘇らせていきました。庭で育てた無数のハーブや草花を使い、料理はもちろん、スキンケアや掃除用洗剤、家族の健康管理にいたるまで、身の回りのものを自然の素材で手づくりする暮らしを確立していったのです。
その姿は、NHKのドキュメンタリー番組『猫のしっぽ カエルの手 京都大原ベニシアの手づくり暮らし』を通じて日本全国に紹介され、たちまち人気番組になりました。番組や著書で見せる彼女の笑顔、古き良き日本の文化や自然を愛おしむ姿勢、そして日々の小さな幸せを慈しむ生き方は、効率や便利さを優先しがちな現代人に「本当の豊かさとは何か」を静かに問いかけ、世代を問わず多くの人の共感を集めました。晩年は病と闘う日々もありましたが、最後まで自然を愛し続け、2023年6月、72歳でその生涯を閉じました。
ベニシアさんとハーブの歴史 ― 自然の知恵を暮らしに紡ぐ歩み

ベニシアさんとハーブの関わりは、単なる趣味やガーデニングの域を超えて、彼女の人生哲学そのものでした。それは、イギリスに古くから伝わる庭仕事の知恵と、日本の里山の暮らしとをやさしく結びつけていく歴史でもあったのです。
ハーブと人の付き合いは、とても古いもの。ヨーロッパでは古代ギリシャ・ローマの時代から薬草として用いられ、中世になると修道院の庭で薬用・食用の植物が育てられるようになり、これがハーブガーデンという文化の原点になったといわれています。イギリスでは、素朴なコテージガーデンの伝統の中で、香りや効能を持つ植物を暮らしに取り入れる習慣が根づいていきました。ベニシアさんにとっても、庭に咲く草花やハーブは幼い頃からごく身近な存在で、祖母や母の世代から受け継がれてきた「植物の力を暮らしに活かす知恵」が、自然と身についていたようです。
来日後、慌ただしい子育てや仕事に追われる日々の中で、ベニシアさんにとってハーブや自然に触れるひとときは、心を落ち着かせる大切な時間でした。そして1996年、京都・大原の古民家へ移り住んでからは、ハーブとの関わりがぐっと深まっていきます。大原の気候や土壌はイギリスと似ている部分も多く、彼女は庭に何十種類ものハーブを植え、試行錯誤を重ねながら無農薬のガーデンをつくり上げていきました。
彼女のハーブとの歩みで特に印象的なのは、ただ「育てる」だけでなく、それを衣食住のすべてに循環させていったことです。西洋のハーブ学――メディカルハーブやアロマテラピーの知恵をベースにしながら、日本の気候風土や手に入りやすい素材を組み合わせ、自分なりのレシピを生み出していきました。風邪の引き始めにはハーブティーやチンキをつくり、料理にはローズマリーやタイムといった香草をふんだんに使い、肌の弱い家族のためにカモミールやラベンダーを使った手づくりの化粧水や石けんも生み出しています。これは、かつてヨーロッパの家庭で当たり前に行われていた「知恵の継承」を、日本の里山という舞台で現代に蘇らせたものだと言えます。
こうしたベニシアさんのハーブのある暮らしは、日本の「もったいない」の精神や、四季の移ろいを慈しむ里山の暮らしとも響き合いました。彼女が綴ったエッセイやレシピ本、そしてテレビ番組を通じて、ハーブは「敷居の高いおしゃれな西洋野菜」から、「日本の家庭の庭やベランダでも気軽に育てられ、暮らしを健やかに彩ってくれる身近な存在」へと、印象を大きく変えていきました。
ベニシアさんが大原の庭に遺したたくさんのハーブと、そこから生まれた手づくりの記録は、自然の恵みに感謝し、環境と共生しながら丁寧に暮らすことの尊さを、今も静かに伝え続けてくれています。
私とベニシアさんの出会い
子供が小さかった頃、NHKの子供向け番組を見ていた延長で偶然目にしたのが「猫のしっぽ カエルの手」でした。
印象に残っているのは、ベニシアさんが日本の伝統工芸に興味を持ち、職人さんに直接会いに行き教わった知識を自宅の修繕に役立てている様子です。細部までは覚えていませんが、きれいな模様のタイルを組み合わせてキッチンのテーブルをリメイクしたり、庭の貯水用の樽が長持ちするように、自作した柿渋を丁寧に塗ったりしていたことを覚えています。化学肥料を使わずコンポストで野菜やフルーツを育てていたこと、庭で摘んだベリーでジャムを作ったり、手作りのお菓子でお客さんをおもてなししているところも、見ていてとても素敵だなと思っていました。

お金を払って業者さんに頼んだり、最新のものを買えばすぐに解決できそうなことでも、先人の知恵に興味を持って学び、今あるものを無駄にせず活かしながら長く使っていく。我慢したり無理をしたりしているわけではなく、植物たちから受け取った自然の恵みを体で感じながら、そこに恩返しする気持ちで、環境に優しい暮らしを楽しんでいる。放送を見てから一気にベニシアさんの魅力にとりつかれ、それからしばらくは番組の視聴予約までして、毎回楽しみに見ていました。
「毎日をもっとゆっくりと」教えてもらったこと
ベニシアさんの著書やインタビュー記事などの中で印象に残っているのが、「もっとゆっくり過ごしてくればよかった」というニュアンスの言葉を、ところどころで口にされていたことです。若い頃にがむしゃらに働きすぎたことを、少し悔やんでいるようでした。『毎日をもっとゆっくりと』という著書に出てくるたくさんの言葉からも、ひとつひとつの瞬間を大切にすること、小さなことの積み重ねの中にこそ豊かさがあること、そして家族との時間を大切にすること――そんなメッセージを私は受け取りました。
現代人、特に働き盛りで子育て真っ只中の人は、毎日忙しすぎて心や体のケアに余裕を持てないことがどうしても多いように思います。私自身、目まぐるしい毎日や子育てに悩む日は疲れ気味になりますし、働きながら子育てをすることの大変さを痛感します。それでも、植物の成長を見守るように、毎日をもう少しゆっくり生きられたらと思わずにはいられません。そんな思いを大切にしながら、誰かに伝わったらいいなという気持ちでこのブログを書いています。それが少しでも伝わったら、とても嬉しいです。
突然の別れ
こまめにチェックしていた番組も、子育てに追われる中でだんだん見なくなっていたある日、ベニシアさんの訃報をネットニュースで見ました。当時見ていた番組も、思えば再放送だったようです。長らく闘病されていたことも、私は知りませんでした。
ベニシアさんを初めて見たときから、日本のターシャ・テューダー(※)のようだと思い、スローライフを楽しみながら、これからも健康で素敵に年を重ねていくのだろうと勝手に思い込んでいました。あんなに環境にも心身にも優しい暮らしをしていたのに、病気になってしまうなんて――そう思うと、運命というのは残酷なものだとまで感じてしまいました。
闘病中のベニシアさんについては、亡くなった後に書かれた記事などを通して知ったことがほとんどで、ご本人の言葉から直接その心境を知る機会は多くありませんでした。それでも、病気の進行に戸惑いながらも、次第にご自身の状況を悲観せず受け入れていかれた、という話に触れて、勝手な想像ではありますが、こんなふうに感じました。ベニシアさんが愛した自然に、恵みだけでなく予測できない脅威があるように、人生にも自分の手で豊かさをつくっていける素晴らしさと同じだけ、抗えない運命もあるということを理解し、それまでの道のりに感謝しながら、その生涯を終えられたのではないかと。私自身、長く生きられても、そうでなくても、そんなふうに感じられる最後を迎えたいと思いました。
※ターシャ・テューダーは、19世紀の自然に満ちた農村ライフスタイルと手作りの暮らしを実践し、世界中で愛されたアメリカの絵本作家・園芸家です
読んでいる著書
ベニシアさんはたくさんの著書を残されていて、すべてではありませんが、私はいくつか手に入れて、今でも大切に読んでいます。
まとめ


私はベニシアさんのすべてを知っているわけではありませんし、すべてを真似することもできません。それでも、私が今ハーブに夢中になっていること、ハーブを使ったクラフトやお菓子作り、料理に挑戦していること、コンポストやガーデニングを楽しんでいること――もともと物を作るのは好きでしたが、それをより楽しみながら暮らせているのは、間違いなくベニシアさんの影響です。
これからも、ベニシアさんの本で紹介されているハーブのレシピなどに挑戦して、記事にしていきたいと思っています。また少しずつ、この場所でご紹介できたらと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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